大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3096号 判決

控訴人 東京昼夜信用組合

右訴訟代理人弁護士 西村真人

同 岸巖

同 糸賀昭

右訴訟復代理人弁護士 大辻正寛

控訴人 古谷誠

同 古御堂信也

右両名訴訟代理人弁護士 糸賀昭

右訴訟復代理人弁護士 大辻正寛

被控訴人 菱川まさ子

右訴訟代理人弁護士 下光軍二

同 上田幸夫

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)控訴人東京昼夜信用組合より被控訴人に対する同控訴人と第一審被告小林嘉夫との間の東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第三一七〇号建物明渡請求事件の確定判決の執行力ある正本に基づく原判決別紙目録記載の(二)の建物部分に対する強制執行はこれを許さない。

(二)東京地方裁判所が同庁昭和四三年(ワ)第一三五九五号事件について、昭和四三年一一月二二日にした強制執行停止決定は、これを認可する。

(三)前項はかりに執行することができる。

(四)被控訴人の控訴人東京昼夜信用組合に対するその余の請求および控訴人古谷誠、同古御堂信也に対する請求はいずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審とも、控訴人古谷誠、同古御堂信也と被控訴人との間に生じた分はすべて被控訴人の負担とし、控訴人東京昼夜信用組合と被控訴人との間に生じた分はこれを三分し、その一を同控訴人のその余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述、証拠の提出・援用・認否は、次に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

(被控訴人の陳述)

かりに、第一審被告小林嘉夫に対する金一六〇万円の貸金債権ならびにこれを担保するための抵当権および代物弁済予約上の権利が、控訴人らの争うように、控訴人信用組合に帰属するものであったにもせよ、登記簿上は、訴外伴道義が右らの権利者として登記されており、後に控訴人組合は、右とは別の金四五〇万円の債権のため第二順位の根抵当権者としての登記手続を経由しながら、伴道義名義の前述代物弁済予約上の権利等の登記を控訴人組合のそれに変更することをすらしていなかったものである。かくしてかような外観を信用した訴外小林典子、更に被控訴人は、前述の各権利が真実伴道義に属するものとして、善意で、伴から順次にこれを譲り受けたのである。されば、控訴人組合が前述登記の外観に反して、真実の権利者である旨の主張は、善意の第三者である被控訴人にこれを対抗することができない。

(控訴人らの陳述)

訴外伴道義と第一審被告小林嘉夫との間に金一六〇万円の消費貸借契約および抵当権設定契約ならびに代物弁済の予約が外形上成立したとしても、右各契約は通謀虚偽表示によるものであって無効である。そして、右登記簿上の権利を譲受けたと称する訴外小林次雄、同小林典子および被控訴人が善意であるとの点は否認する。

(証拠関係)〈省略〉。

理由

一、まず、被控訴人の、控訴人らに対し原判決別紙物件目録(一)記載の建物について、所有権移転請求権保全仮登記に基づく本登記手続をすることの承諾を求める請求の当否を判断する。原判決別紙物件目録(一)記載の建物(以下本件建物という)は、もと第一審被告小林嘉夫の所有であったところ、その登記簿上昭和三〇年七月一二日付で、いずれも訴外伴道義を権利者とする、同月四日金員貸借契約による債権額一六〇万円、弁済期同年八月二日、利息年一割五分、弁済期後の遅延損害金日歩九銭二厘なる抵当権設定登記および昭和三〇年七月四日付契約による貸金一六〇万円を弁済しないときは所有権を移転する旨の停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記(東京法務局中野出張所昭和三〇年七月一二日受付第九七四三号)がなされていることは当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、前記一六〇万円の貸金は伴道義から、第一審被告小林嘉夫に対して貸付けられたものであると主張し、前記争いのない事実および原審証人伴道義の証言によれば、恰も右事実を肯認しうるがごとくであるけれども、これらの資料は、〈証拠〉にてらし、いまだ右事実認定の資料としては十分とはいいがたく、他に右事実を肯認するに足りる証拠はない。かえって前掲今津友利の証言以下の各証拠によれば、控訴人東京昼夜信用組合(以下控訴人組合という)は昭和三〇年七月六日本件建物および第一審被告小林嘉夫振出の約束手形を担保として同人に対し金一六〇万円を貸与したこと、ところで控訴人組合は従前は宏和信用組合と称していたが、昭和二九年中債務超過のため業務停止を命ぜられる寸前の状態となり、同年一二月伴道義がこの立て直しのため理事長として右組合に迎え入れられたが、当時なお多額の負債を抱えていたため、東京都の指導により貸金のための不動産担保の権利者名義は控訴人組合の名義とせず、理事長である伴道義個人の名義とすることとし、前記のとおり抵当権設定登記ならびに所有権移転請求権保全の仮登記を経由するに至ったものであることが認められる。この事実によれば、昭和三〇年七月頃伴道義が第一審被告小林嘉夫に金員を貸付けたことはなく、同人に金一六〇万円の貸付をしたのは控訴人組合であることが明らかである。

三、被控訴人は予備的主張として、かりに訴外伴道義と第一審被告小林嘉夫との間における右貸金および担保権設定契約が仮装のものであったとしても、伴道義は登記簿上真実の権利者としての外観を呈しており、これを信用した善意の小林典子、被控訴人らに対しては、右契約の仮装による無効は対抗できないと主張するので、この点を判断する。

1.前認定したところによれば、第一審被告小林嘉夫に対する金一六〇万円の貸金の債権者であり、かつ担保権者である者は控訴人組合であって、伴道義ではなかったにもかかわらず、専ら控訴人組合の都合と要請とによって、伴道義と小林嘉夫との間に右の法律関係が存在するかのような外形としての登記が昭和三〇年七月中に作出されて、後に説明するように早くとも昭和三九年四月に及んだのである。してみれば、右登記の当事者間において通謀による虚偽表示が存したと同時に、伴道義らに対しかような外形の作出を要請したうえ、それを知って放置していた控訴人組合と伴道義らとの間においても、民法九四条の規定が類推適用される事情が存したものといえるのである。

2.そこで次に右の代物弁済の予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記につき昭和三九年四月二五日付で伴道義から小林典子に対し、昭和四三年八月七日付で小林典子から被控訴人に対し、それぞれ移転の付記登記がなされていることは当事者間に争いがない。そうして、この間の経緯について、〈証拠〉をあわせて考えれば、つぎのように認められる。小林次雄は、かねて個人事業として金融業を営む伴道義に対し貸金債権を有していたところから、その弁済に代えて、伴道義が小林嘉夫に対して有していたとする前判示の貸金一六〇万円の元金および利息損害金債権ならびにこれを担保する抵当権および代物弁済予約上の権利を昭和三九年中に伴道義から譲り受け、その後同人との合意により譲受人を自己が代理する妻の小林典子に変更し、伴道義は小林嘉夫に対し昭和三九年一一月二日付の内容証明郵便によって右債権の譲渡を通知した。ついで典子を代理する小林次雄は、右判示の貸金債権および担保権を昭和四二年中被控訴人に、原判決一一枚目表八行から同裏三行までに判示してあるような事情によって、無償で譲渡した。その後昭和四三年八月中に被控訴人は、昭和三七年頃から別居中の小林嘉夫を探し出して、同人との協議離婚の合意をとりつけるとともに、右判示の各権利の譲受けについての承諾を得て、かつ代物弁済の予約完結の意思表示をした。この間において被控訴人は、前示第二項に判示した貸金および担保権成立の由来、殊に右貸金の債権者が伴道義であるか、または同人が理事長であった控訴人組合であるかを細かく知らず、小林次雄の口から、同人が伴道義から譲り受けた諸権利を被控訴人に譲渡する旨を聞かされたとき、かねて夫の嘉夫から同人が兄次雄の斡旋で伴道義から事業資金を借受け、担保権が設定しある旨聞いていたことを想起し、またそれらの話しのとおりに、伴道義を債権者とする貸金のための前判示の担保権が登記簿上に顕出されているところから、それらの権利が有効に存続して、伴道義から小林典子を経由して自己の取得に帰するものと信じて、善意でこれを譲り受けたものである。

ところで、小林次雄が伴道義から、その小林嘉夫に対し有するとする各権利を譲り受けるに際し、次雄は、伴が真実そのような権利を有しなかったことを知らなかったかどうか。前掲証人小林次雄は、消極の供述をする。しかし、〈証拠〉によれば、嘉夫が金一六〇万円を借り受けることができたのは、次雄の紹介と斡旋とによるものであり、ひいて小林次雄が連帯債務か連帯保証を約しているやに窺われるところからも、証人小林次雄の右供述部分は、たやすくこれを採用することができず、他にこの点に関する被控訴人の主張を支持するに足る証拠がない。そうだとすれば、小林次雄の善意を認めることができない以上、たとい被控訴人が善意であっても、小林次雄および同人が代理する小林典子を介して伴道義から貸金債権および担保権の取得をした被控訴人は、民法九四条二項の規定による保護を受けることはできないのであるから、被控訴人の予備的主張は失当というほかはない。

四、よって被控訴人の控訴人らに対して本登記手続の承諾を求める請求は、その余の判断をまつまでもなく理由がない。

五、次に被控訴人の控訴人組合に対する原判決別紙目録(二)記載の建物に対する強制執行の不許を求める請求の当否を判断する。

当裁判所のこの点に関する判断は、原審の判断と同一であるから、原判決の理由第七項ないし第九項の記載をここに引用する。

六、してみれば被控訴人の控訴人組合に対する請求の中、右の強制執行の不許を求める請求は理由があるのでこれを認容すべきであるが、同組合に対するその余の請求およびその余の控訴人らに対する請求は理由がないので、いずれもこれを棄却すべきである。しかるに、原判決はこれと異なるので、これを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、強制執行停止決定の認可ならびにその仮執行の宣言につき同法五四八条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曽競 深田源次 裁判長裁判官中西彦二郎は退官のため署名押印することができない。裁判官 小木曽競)

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